月の砂漠記

デザイナーの持続可能な働き方と、ヴィーガン生活のブログ

月の砂漠

あたまに響く「誰かの声」をOFF

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人は誰かと一緒に過ごしたり、聞いたり読んだりすると、相手の価値観が、いつの間にか、いつだって心に入ってくる。


それをOFFにして、自分の心の声だけを静かにやっと聴けるようになった。

 


心がずっとざわざわしてたのこれだったんだなぁ。このスイッチがオフできるようになったけど、何かの拍子でポチっとONになる事はいつだってある。

 


これからも、ずっとこれに耳を澄まして気づくことが大きな肝になってくるなと思う。心は、しっかりと自分の声のトーンを聞き続けなければ、良くも悪くもスポンジのようになんでも吸い込む。ずれる。


それに気付かなければならない、と、体系立てて教えてもらってはいても、気づくのは自分。どう頑張っても詰まる所、体感でしかない。


自分でその感覚に気づくのはとても難しかったです。おかしいなと感じて、3年半、いや、4年くらいかかりました。

 

 


私は先日、小さい頃よく遊んでた公園で静かに過ごしたときに、 その体感がはっきりとしました。


ある夜、頭や体が静まらない。
どうしたらいいんだ?

無性に、小さな頃聞いた、静かな山の中で鳴る、波の音のようにザァザァ鳴る木葉ずれを聞きたくなって、荷物をひっつかんで行きました。


山の真ん中をスパンと切り開いた、森に囲まれた公園のベンチに座る。

格闘技の練習してる二人組だけがいる。気にならない。

 


森の波音にだけ耳をすます。

 
人の声も、車も、電車も、家の光もすごく遠くなっていく。


家族、親しい友達、先生、自分の属するコミュニティーのひと、尊敬する人、作家やアーティスト、ニュース、、、今まで聞いてきたありとあらゆる声。意見。ぶつけられた感情。


みんなの声がボリュームを捻るように静まった。


私の思い感じたことだけがストレートに聞こえた。


32年間分、ずーーーーっとわたしの頭ん中で喋ってた、私じゃない声がやっと止んだ。

 

すーーーごくホッとしました。おそらくこうかな、が確信になった。

 

 

私は成り行き上、これまで一人暮らししたことがなく、常に誰か家にいました。シーンと自分だけをじっと見る時間が、なかなかなかったのもあるんだろうなと。

もちろん、原因はそれだけではないです。

それを当たり前なのだろうかと疑問に感じながらも、どっぷりと泥にはまったような状態から、離れて眺めることができなかった、自分の精神性。

積もり積もったそれはしつこくて。タケノコみたいに、たくさんの染み付いた習慣と思い込みを剥いて剥いて、身にたどり着かなければならなかった。今インタビューされたらこう答えるでしょう笑。タケノコの気分です、と。

 

私はもう、この声を振り切って行かなきゃいけない。

 

 

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